村上春○風ウェルカムパティーの感想
【談 第3事業部 T(男)】

第1章 カクテルを飲む男


「まずい。とても飲めたものじゃないな。」

Sと呼ばれた男はそうつぶやいた。
いくぶんのっそりとした、いつものしゃべりかただ。

男はこの島に着いてからどこか落ち着きがなかった。
米国であるグアムへ行くというのに、
誤って大量のユーロ紙幣を持参
両替するタイミングを逸して、
現地で使える現金を持ち合わせていなかった。

男は日頃飲まない酒を飲まずにはいられなかった。
それが例えウォッカをココナッツミルクで割った
「チチ」というカルピスのようなカクテルであっても。


「完璧なカクテルなんてものは存在しない。
 完璧な絶望が存在しないようにね。」


顔を紅潮させながら男は語りだした。


「やれやれ。」


僕はビールを一口飲んで頭を振った。
そしてパサパサの米と一緒にカレーを胃の中に流し込んだ。






第2章 ひとつ年をとった男


「この旅行中に誕生日を迎える方がお二人いらっしゃいます。」


パーティーの最中、ツアーコンダクターは唐突にしゃべり始めた。

僕は嫌な汗が背中に伝わっていくのを感じた。
自分の誕生日が近づいてきていることは気づいていたし、
現地で何かしらのイベントが催される可能性も頭の片隅にあった。
しかし、この年で誕生日のお祝いをされるのはかなり恥ずかしかったので、
できるだけ考えないようにしていた。
時差の影響で誕生日が消滅することも期待していたが、
現実にはそのような奇跡は起こらなかった。

ツアーコンダクターは僕ともう一人女の子の名前を挙げた。
僕は壇上に立ち、少し照れながらそつのないお礼のあいさつをし、
ケーキのろうそくを一気に吹き消した。
傍らには、同じ誕生日の女の子がたたずんでいた。


「僕が同じ誕生日の人と出会ったのは、
 元西武ライオンズの潮崎哲也以来だよ。」

「潮崎?」

「そう、シンカーの使い手。」

「シンカー?」


彼女が僕の話についてきていないことは初めから分かっていた。
僕は彼女の肩にそっと手を乗せ、耳元でささやいた。


「右打者の膝元に落ちていく魔球さ。」


彼女は頷き、黙ったまま誕生日ケーキの生クリームに視線を移した。






第3章 じゃんけんに勝ち続けた男


あいこは勝ちだったか負けだったか、
僕にはいまもってその時のルールがどちらであったのか確信が持てない。
ただ彼にとってはそのようなことは大した問題ではなかったのだろう。

Hさんがじゃんけんに強いことは、かねてから噂になっていた。
Hさんはじゃんけんをする時、必ず自分の出す手を宣言した。


「僕、次パー出します。」


実際Hさんは、宣言した手をそのまま出すのだが、
相手はその裏を読んでしまうため、
わざわざHさんに負ける手を出してしまう。


H・マジック



世間ではそう呼ばれていた。

そのパーティーでもHさんの不敗神話は崩れなかった。
突如始まったじゃんけん大会で、
Hさんは当たり前のように勝ちつづけた。
手には勝ち取った1ドル紙幣の束が握られ、
敗者はみな完膚なきまでに打ちのめされていった。
決勝でもHさんは臆することなく相手を打ち負かし、
すべての取り分を手に入れた。

敗者の一人がHさんに悔し紛れに訊ねた。


「そんなに1ドル紙幣があってかさばらないのかい?」

「ベッドメイキングのチップとか、いろいろ使い道はあると思うよ。」

「キミの部屋の担当になった従業員はラッキーだね。」


そばにいた給仕の女性従業員の手が止まった。
チャモロ人の彼女がどれほど日本語を解しているか分からないが、
彼女の口元は確かにニヤリと緩んでいた。